気付けばすっかり我等が東京は夏空を掲げ、梅雨が去ったと思えば露めく季節というより寧ろ同じツユはツユでも良く冷えた蕎麦ツユが恋しくなったりさもなくば炎天に顎先から汁が滴る季節がやってきまして畜生熱暑炎暑とは良く言った物、フライパンの上で焼かれるベーコンというのはこういう気持なんだろうなぁなどと想像を逞しくする季節がやって参りました。ややメランコリックな思い出と共に語るなら手前は昔から夏という物が嫌いでありまして。未だに夏の良い思い出をさぁ思い出せ、と言われてしまうと高校時代にその時間と労力を酷く傾けた行事の思い出、当時彼女がいた事、大学時代に3度経験した丸3ヶ月程の夏休みの、「普通」となっていた極寒の大学生活とは全く異なる呆けたような、しかし就職という関門から完全に逃げおおせる事は出来ていない小さな不安感に苛まされつつ、仲の良い友人達は日本の大学という手前の全く知らない世界にあって、全く知らない人達と全く知らない鮮やかな毎日を謳歌している事が察せされて自分自身と否が応にも向き合わされた結果惨めを感じながら実家の居間に独り座っている、何とも表現に困るあのどこまでもどこまでも暑い日々の事が頭をよぎります。そんな中で見たSteins; Gateという暑い夏を舞台にしたSF作品は、自分と向き合わされて惨めを感じていた私にとって全く衝撃でありまして、ヲタとして、秋葉原に通いつめている人間として、何だか酷く心に響いた事を良く良く記憶しております。酷く暑い。
閑話休題。
Made in U.S.A、より合衆国的に言うのならProudly made in USA製品というのには不思議な魅力が御座いまして。雑把頑丈大柄無骨、そんな言葉の良く似合う。そして米国が誇る光学界のビッグネーム、ロチェスターの巨人Eastman Kodak製品もそのカテゴリから外れる物ではないのです。今でこそ何やってんだかわかんない会社になっちゃってるKodakですが、かつては絢爛豪華な猛烈にアメリカを感じさせるカメラ製品群を大量にラインナップしておりまして、特に戦前末期-戦中-戦後70年代あたりまでのAmerica as No.1の時代に展開していたカメラ群達の綺羅星のような面構えときたら。特にその中から、僕はKodak Medalistという、ともすればその名前こそ知られていながらも意外にカメラ、写真機として取り上げられる事の少ないこのカメラを讃えつくしてやりたいのです。
この左手に持っているゴロりとしたカメラがKodak Medalist、そのマイナーチェンジ判とでも言うべきMedalist II。一時のKodakに見られた病的なまでなシンメトリーへの拘りというか、この無骨さ。 成人男性の手と比較してそのゴロリ感、ご理解頂けますでしょうか。
過去にお遊びで作ったこの画像でマウントされているのがMedalist II、なんとも妙なシルエットのカメラだという事がご理解頂けるでしょうか。特筆すべきはこの太い剥き出しのヘリコイドと、とにかく目を引く大きなピントリング、それと全く同形状で作られた絞りリング。とにかく相似形に対する拘泥を感じざるを得ないデザイン。ドイツにも日本にも英国にもましてやソビエトにも存在しない、新に星条旗の翻るデザインと言えましょう。
実際の所機構としても大分金のかかった代物でして、超高倍率の距離計窓とビューファインダーが鏡餅のように重なっていながら、下の距離計窓の視野をプリズムで斜め上に投射してやる事で実質的な一眼式ファインダとして作動させていたり、シルクのようにヌルヌルと動くヘリコイドであったり、赤窓式セルフコッキングであったり。使っていても流石はKodakのフラッグシップ、と唸る事が一度や二度では御座いません。
唯一問題点として言うならばコイツ、620フィルムカメラだという事なのです。即ち、現在では死滅したフィルム用に作られた機械という事で、勿論現実問題その類似性から120フィルムのスプールを加工する事で、歩いは620スプールに巻き換える事で使えなくはないのですが、そうはいっても面倒だし色々トラブルも起きる。最も典型的なトラブルとしてはセルフコッキング動作不良でしょうか。元々フィルムがもっと厚かった時代のカメラなので、現在のフィルムを通すとフィルムの巻上時に縁にブスブス刺さる事で回転、チャージを行うチャージ歯車が上手く噛み合わず、シャッターを押し込んだ時にカチリと音がして(これは二重撮影防止機構の作動音)巻き上げて行って最後に現像してみて何も写っていない、という事になりかねないのです。これを防ぐ為には裏蓋を開けて、左手側についている二本の板バネを軽く下(フィルムを押さえつける方向)に押してやると吉。これで大分誤動作が減ります。あとは一応シャッターボタンを押す前にシャッターチャージレバーを押し込んでみる癖をつけると○。最終的にはマニュアルでコッキングしてやれば問題は無いのです。
また、120スプールを解像して620チャンバーに放り込む時はスプール上下の傘の外周を縮めた上で厚みも削る事になるわけですが、とにかく外周を縮める時の深遠度を出す事。さもないとチャンバー内で偏心状態で回転する為にフィルムが変に撓み、像が曲面のフィルムに焼きつけられてしまいます。ああ面倒な。可能であれば120改造スプールでなく、FPP辺りが売っている620スプールをちゃんと使おうね、というのが教訓かしら。
で、その変な、手間のかかる、ゴロリとした形状のカメラの写りってどうなの、ってところなのですが、まぁとにかく圧倒的、と言うのが正しい代物でして。 手間をかけるだけの価値はある、手間を越えて使う価値がある、寧ろ下手な69カメラを探すよりコイツを外に持ち出そう、そう主張したい。声を限りに主張したい。声が枯れても主張したい。
シドニーで撮影した一枚。Ektarレンズを持つカメラにEktarフィルムを入れるカタルシス。例え銀塩が明確に(特にカラーは)死へと向かっていようとも、Eastman Kodakのオレンジと赤のマークは最後までその意地を見せるのだ、そんな事を思わずにはいられない発色、キレ、ボケ、どれをとっても最高と良いますか。6×9判という大きなフォーマットでこの写りを味わうというのは本当に贅沢なのだと思うのです。
モノクロ開放近辺でもこの写り。Hasselblad1000用のEktarの作例にも散見されるややフレアっぽい感じは確かにありつつ、しかし解像はしっかりしているという絶妙のバランス。なんたる色っぽさ。なんたる艶っぽさ。ここにこそKodakがそのフラッグシップ、ニューヨークはロチェスター製のレンズにのみ名乗る事を許したEktarの名前の意味を噛み締める事が出来ましょう。
折角引き伸ばし機を買ったんだから、とグイっとやってみたのがコチラ。下手糞なプリントなのは承知してるけどどうだいどうだい良い写りじゃないか、と自画自賛したくなるような写り。100%レンズの素性の良さに助けられている気がモリモリします。
椅子の網目の立体感の見事な事と来たら。これぞ中判という感覚を心で理解したというか。大満足でございます。
69判カメラとしては軽量で取り回しがしやすいのもこのカメラの大きな魅力。フジのGWの超広角で69は確かに素敵ですが、標準に近い100mmレンズで69判スナップ。そんな事が出来てしまうのもこのMedalistならではでしょう。たっぷりしたボケとキレの良い写りは、きっと仕上りを見た時に満足できる筈でございます。
そんなわけでKodak Medalist、確かに手間はかかる。色々と怪しい部分もある。でもそれを乗り越えて、心の底から惚れ込んで使うに十分に値するカメラと言って差し支えないでしょう。カメラと言えばドイツロシアイタリアフランス日本、それは確かに間違いない。でも、少しずつフィルムの時代の黄昏も終わりに近付きあるような雰囲気が漂う今こそ、米国が誇る素晴しきカメラメーカーであった、あのオレンジと赤のマークを。ロチェスターの巨人たるEastman Kodakのフラッグシップと位置づけられた一台を。全ての苦労を甘受してでも、Ektarというプライドを持ったレンズを纏う、Kodak Medalistを。それは、とても素敵で、楽しくて、何より美しいと手前は思うのです。
じゃあ、今日はここまで。