誤解を恐れずに言うなれば、基本的に色のないモノクロ写真において、プリントしかり画像しかりの評価点は構図や被写体を別と考えると解像度と階調の分離なわけで。眼前に被写体があるが如き、或いはそれ以上の情報量を叩きつける解像度は鑑賞者の心をざわめかせ、滑らかなグレーのトーンが描く艶めかしい面は色のない世界に色を置くかの如く見る者に奥行きを感じさせるもの。勿論被写体、構図、タイミングという3要素こそが最大のキモで有ることは否定する事能わざるものの、現像とプリントという点に限れば撮影者の意図を精確に写し出した解像度と階調こそがキモと相成ります。
で、例えばトライエックスはその柔軟性こそが武器であり、微粒子現像液で粒子感を潰しにかかるもよし、逆にロジナル/ブレイジナルで粒子を立たせるも良し。その持ち味の階調の豊かさを大きなバックアップとして、お気に召すままを達成できる美しさがあります。
例えばTMAXは現像液との食い合わせはあるものの、持ち前の超超微粒子が被写体のディテールを描き出し、高い解像度を以て大伸ばしへの希望と意欲を掻き立てます。
そんな風にフイルムを見れば、エッヂのたった代物を、即ち解像度か階調に激振りしたフィルムを求める心が沸き起こるのはそうそうおかしな事ではないはずで。万能中庸それは重畳、無難安牌文句も無し。厳しい撮影条件が見込まれるなら、古事記に曰く「トライエックスで万全」。しかしスペクトラムの端の端にこそ、無理無茶無謀を捻じ伏せて、そこに辿り着ける新世界があるような、そんな気持ちになることがきっと我々写真趣味というどうしようもない人種にはあるのです。十徳ナイフよりも、時代が切り捨てた太刀にこそ何かを感じてしまうような、そんな蛮勇への引力が、どこからか湧き出てくるのです。
古来より超超高解像度党は、文献複写用フィルムに可能性を見出してきたようで。文献複写のためのフィルムであれば、当然解像度はゲロ高い。どうせ女性を撮るならば、毛穴もまつ毛も数えたい。そんな夢を易易叶えられるような解像度がそこにあるのです。
そんな超超高解像度フィルムの系列にある期待の新星がAdox CMS20。やはり複写フィルムの 系列に属するフイルムのようで、公式サイトが曰く
Product Description:
ADOX | ADOX CMS 20 II & ADOTECH IV, 7th, May, 2019 Accessed
No other film is sharper, no other film is more finegrained, no other film resolves more lines per mm (up to 800 l /mm).
このフィルムよりシャープな、微粒子な、そしてミリ辺りの線解像度で上回るようなフィルムは存在しない
訳はcutnipper
と謳っている通り、その解像度は800 l /mmを達成している代物。あの沈胴ズミクロンですら280 l/mmだったらしいので、凄まじい解像度と言う表現には文句のつけようも無いでしょう。しかし、やはり複写フィルムの系列の例に漏れず、最大の問題として階調が出ない。元々究極的には黒と白さえ出れば問題のない複写フイルムですから、設計意図としては問題ない。しかし一般の写真の為に使用するならばグレーが出ないというのはいかにも調子が悪い。ならば、化学の力で、薬品の力を借りて、ケミカルの力を十二分に発揮して、そこに無理矢理グレーを描いてみせようじゃないか。たとえTRI-X並とは言わないまでも、なんとかなんとかグレーを出してみようじゃないか。そんな挑戦を始めました。
この手のフィルムにはかつて専用現像液があったそうですが、そんな物の入手は今日最早夢のまた夢。よしんば手に入ってもケミカルは腐りきっているに違いない。勿論Adoxからは専用現像液足るAdotechが未だに発売されており、ようはそれさえ使えばいいのですが、如何せん我が向こうの透けて見えるほど薄い財布には荷の重いナイスプライス。長巻でCMS20を買った以上、現像液が高いは少ないわで気軽に打てないのでは本末転倒。ではその代替足りうるのは何ぞや、と言えば、第一の候補となるのは超超超軟調現像液たるPOTAより他には無いだろう、と。一般のフィルムに使えば20ステップ以上の露出を許容し得る凄まじい特殊現像液で、普通のフィルムに適用すればHDRめいた絵を吐きます。
ところが、試してみるとPOTAは意外と食い合わせが悪い。コントラストを丸めきれていないような描写をする。
例えば上のカット。いくら快晴とは言え、真夏でもない時期に撮ってハイライトがこんなに飛ぶのはいささかどうか。とは言え深いシャドウ部はほぼ黒に近い状態になっているわけで、これよりアンダーに振ってしまうと恐らく酷い黒潰れになってしまう。
こちらもシャドウの黒潰れを防ぐために少しプラス補正をかけたところ、全体がやや浮いた感じに。これは良くない。これは宜しくない。
この辺りの結果を踏まえた結論として、Adox CMS20とPOTAの食い合わせは「あまり良くない」と言わざるを得ないのではないかと思うのです。勿論D76やHC110と比べれば余程軟調ではあるものの、些かどうかと思われる硬調さを殺しきれない。これは困った。
一般的な一浴式現像液としては最強に強まった軟調加減のPOTAでこの結果、前途暗澹かと思いましたが、捨てる神には拾う神がセットでついてくるのが世の理。ネットの海を漂ってみれば、先人たちの苦闘の跡が見えてきます。そしてそこには知恵の火も。 すなわち一浴式の現像液とそもそもの食い合わせが悪いならば、それを一浴で食ってやらなければいい。具体的に言えば二浴式現像液ならばうまくいくとの記述を見たのです。しかも現像液のレシピを見ると、有りがちな入手に難儀するケミカルは一つもなく、そんなに難しいものでもない。ならばきっと上手く行くだろう、と実験してみた結果がこちら。
噫、グレー。普通のモノクロフィルムなら何とも無いグレーがゴロリと出てきたのです。何やらシャドウだけがギョロリと深い描写が、その抑え込んでいる凶暴性を示しているようで実にベネ。
黒っぽいビルが晴れた日を受けて、下部は黒いままながら上部は白く照り返している状態。それでコレ。美しいのではないでしょうか。
そんな結果を生み出した変形シュテックラーニ浴式、以下の通り。
処方
- 1浴目
- 40度程度の温水400ml
- メトール5g
- 無水亜硫酸ソーダ25g
- 水を注いで1L
- 2浴目
- 40度程度の温水400ml
- 硼砂10g
- 水を注いで1L
手順
- 1浴目: 液温20℃、合計3.5分
- 初期攪拌30秒、1.5分後に倒立攪拌3回、もう1分後に倒立攪拌3回、30秒後に排出
- 2浴目: 液温20℃、 合計3.5~4分
- 初期攪拌30秒、1.5分後に倒立攪拌3回、もう1分後に倒立攪拌3回、30~1分後秒後に排出
- 停止: 通常と同じ
- 定着: 通常と同じ
- 水洗: 通常と同じ
- 水切り、乾燥: 通常と同じ
前浴はしたほうがいいとかしない方がいいとか言われますが、手前は常に2回ほど前浴やってアンチハレーション層を流してしまいます。前浴後、1浴目液をタンクに注いで、初期攪拌は優しく30秒。ガシャガシャやる必要は全然ないしコントラストが上がっても困るので。その後も攪拌は優しく。ムラさえ出なければ良いわけですから。
CMS20はとにかくフィルムベースがゲロ薄いので硬膜化してしまった方が良いと思います。 オススメはwikipediaにもある超硬膜定着液。定着時間は大体15分程かかりますが、カッチカチになります。
- 処方
- 水50℃ 750ml
- ハイポ 250g
- 無水亜硫酸ナトリウム 15g
- 氷酢酸 12.5ml
- ミョウバン末 30g
- 硼砂 7.5g
- 水を注いで1L
そんなわけでCMS20、何となくですが実用の目処が立ちつつあります。決して扱い易いフィルムではまったくありませんが、ハマった時の解像度を考えるとアレコレして使う価値が確かにあるフィルムなのではないかと思います。長巻きとまではいかないまでも、自家現像態勢があるなら是非。
じゃあ、今日はここまで。