前回のポストで入った更新数の増加など果たせぬままに、時は過ぎ去り早九月。即ち夏休みの終りであり、同時にこれが大学三年生と四年生の間にある夏休みである事を考えるに、これは同時に幼年期の終わりすら意味するのではないかと思って若干憂鬱になっている次第で御座います。手前の通っているUniversity of Albertaは元々寮の絶対数が足りない事で有名な大学で、当然その結果寮から溢れる学生もいるわけで。そして運悪く最終年となるべきこの四年目で遂に手前は溢れてしまったわけで御座います。とりあえず今は友人の家に転がり込んでおりますが、はてさてこれからどうなる事やら。
それはさておき、今回はフィギュアペインティング/ジオラマ製作に関しての吉岡和哉氏による書籍「ダイオラマパーフェクション―戦車模型情景製作完全読本」をご紹介。AM誌上に連載されていた当初から立ち読みしてはスゲェなぁと思っていた連載企画で、余り面白くないAM誌においても妙に輝いているな、と思っていた連載だったので、書籍として刊行されたのは嬉しい限り。とはいえ値段の関係で手が出辛く、大変に歯痒い思いをしていたのも事実であります。
「あなたも吉岡和哉と同じダイオラマ作品をつくることができる」と本についたオビが謳う通り、全体の構成は誌のジオラマ作成のプロセスをステップバイステップ形式で全て見せる本であり、フィギュア製作に関しての書籍というよりも寧ろジオラマ製作における全般的なノウハウ、即ちストラクチュアの製作からレイアウト、或いは情景に合わせたフィギュアの改造等と入った情報をを広範に含む書籍になっており、もし厳密に寸分違わぬ模倣が可能であるならば、正にオビの謳うが如く「吉岡和哉と同じダイオラマ作品を作ることができる」ような構成になっております。
構成としては11の章から成っており、初めから順番に
- DIORAMA LAYOUT(ダイオラマレイアウト)
- CONSTRUCTION OF VEHICLES(車両の製作)
- ASSEMBLY OF FIGURES(フィギュアの製作)
- PAINTING OF FIGURES(フィギュアの塗装)
- CONSTRUCTION OF BRIDGE(橋を自作する)
- MAKING OF TREES(樹木を製作する)
- GROUND WORK(地面を製作する)
- SIMULATING WATER(水を表現する)
- MAKING OF ACCESSORIES(小物の製作)
- 最終仕上げ
- 完成
という構成。第二章以降では吉岡氏がAM誌2002年二月号用に製作したジオラマ”Warriors”を作り直して行く、という作業を通してジオラマ製作におけるそれぞれの手順に焦点を当てて行く。説明の文章は明快にして十分。何をやっているのかが簡潔に説明されており、変にまわりくどい感じは皆無。使用している色についてもキッチリと触れており、正に今すぐ試してみる事が出来るという感じ。
写真の解像度も非常に高く、筆先の運びやら何やらと痒い所にキチンと手が届く手堅い作り。その為偶に有る「内容は凄く良いんだけれど写真がげんなり」といった心配はまったく無用。読んだ感覚としてはフィギュアペインティングの入門書として最適だと思っているオスプレイのModelling Scale Figures (書評)を読んだ時に近いかも。徹底的なまでにステップバイステップに拘った構成はどちらかと言うと海外模型雑誌臭い構成で、特にフィギュアペインティングに関しての項ではステップバイステップ形式の見事さが光る。高解像度の写真で見せられる服の塗装プロセスや、4ページを費して説明される顔の塗装プロセスには目からウロコが落ちたりまたくっついたり。個人的には氏がエナメル系のハンブロールを使用しながらもアクリル下地にエアブラシで陰影をつけた上で、薄めたハンブロールを塗り重ねてハイライトをつける技法、即ち非常にアクリル的な技法をとっているのが興味深いと思ったり。ただ、冷製に思いなおせば平野義高氏の作品集の中に載っている平野氏の90mmフィギュア塗装のプロセスでも似たような事やっていたな、と記憶が蘇えり、即ちこのあたりが上手い人達のキモなのかな、と思ってみたり。
橋の製作や地面/ベースの製作のような、「わかっている人は皆わかっている」辺りの情報もなあなあにせず、やはり高解像度の写真で見せてくれるのは本当に有り難い。それもこれも高解像度の写真のおかげ、と考えると、やはりこの手の書籍における写真の重要性が光る。
この本を読んでいて気付くのは徹底的な「過程を見せる」事についての拘り。それによって帯が謳うように吉岡氏の作業を徹底的に分解して見せ、結果として誰にでも出来る「ような」レベルまで落とし込む事に成功している印象。それはこの本が平野氏の作品集である「平野“フィギュア・マイスター”義高の仕事」と対照的に、「スゲェ完成品を見せる」事を目的としたのではなく、その「スゲェ完成品」に「到達するまでのプロセス」を見せる事を目的とした本である事の証左ではないかしら。手を実際に動かす人にとって、特に初心者であるか上級者、或いは技能巧者でない人にとってはうってつけの構成だし、やる気を上手い事引き出してくれる本じゃないかなぁ。
ただいかんせん、吉岡氏というスゲェ人がやっているからこそ本に載っているような出来になっているわけで。その辺りを理解しないと「何故上手く行かないのだ」と癇癪をおこす破目になってしまような気も。特にパテワークの辺りは本当にそのケが強そうな感じ。さらっと説明が書いてあるだけに尚更そう思ってしまうのかな。例えば本書54頁のフィギュアへのフィッティングについて書かれた部分の写真4へのキャプション↓。
写真のように銃を抱えるポーズは銃も体も塗りにくくなるので、銃を別で塗ってから体に固定する。手の造形は難しいので、インジェクションプラスチックキットの握った手を基に、一部の指をエポキシパテで作り直して銃にフィットさせる(P.54)
さらっと「握った手を基に一部の指をパテで新造する」事をフルスクラッチより簡単な事として書いているけれど、はたしてでは「それじゃあやってみるか」でどだけの人が出来るかはかなり疑問。あくあで吉岡氏だから上手い事行っている、って事は頭の片隅に置いておかなくてはいけないような気がするよ。
何だかんだと書き散らかしましたが、とかく秘密主義に陥りがちなこの界隈では実に珍しい程にオープンなスタンスで書かれた本書は、読んだ人間に「やってみよう」と思わせる魅力を十二分に持っていると判断して良く、その点においてはそんじゅそこらの入門書であったり初心者に向けて書かれる模型雑誌の記事よりも遥かにモチベーションの向上に役立つ物に仕上がっているかとそう思う次第で御座います。高解像度の写真は実際に出来る出来ないは別として出来るような気にさせてくれるという点では十二分の意味有り。少なくとも買って損をする事のある本でない事だけは確かじゃないかな。
★★★★★(5)
じゃあ、今日はここまで。